草創期

記憶の整理のための独り言。その掃き溜め。

試し書き:aikoを身体感覚に注目して読む

aikoの曲は、YouTubeに公開されている曲しか知らない(ストリーミング配信されていないのだ)が、結構好きだ。

J-POP然としていながらも、奇妙かつ強度のある曲もすごいのだけれど、歌詞もおもしろい。

彼女の歌詞の特徴として「身体感覚」の鋭さが挙げられると思う。

まずはお聞きください。aikoで『明日の歌』


aiko-『明日の歌』music video

歌詞https://www.uta-net.com/song/164614

暑いって言うかこの部屋には 想い出が多すぎる

 歌い出しからaikoかましてくる。

「って言うか」の意味は諸説ある(「むしろ」のような比較と補足の意味か、それとも若者言葉的なただの話題の転換なのか)が、「暑さ」という身体感覚と、ありあまる想い出を疎ましむ気持ちが結びつけられている。
夏の居心地の悪い蒸し「暑さ」、それにべた付く肌の気持ち悪さ。これらの身体感覚が「この部屋には想い出が多すぎる」というフレーズと重なって、生々しい感情を立ち上げる。

aikoの「身体感覚」の鋭さは、そのまま「観察力」の鋭さにも繋がる。

冒頭に続くフレーズはなんてことない、失恋した人の想い出の物と、時の流れにさいなまれる描写(古くなる写真)なのだが、そこで

このTシャツの襟もやわらかくなって

このフレーズが飛び出してくる。普通なら見逃してしまうディテールだ。

2番の冒頭は、1番を受けた形で表れる。

汗とか何だか解らない辛いものを
暑いって理由で全部流してしまおう
濡れた髪の毛を握った もうあなたに触ってもらえないんだな

ここではもう、感情と身体が完全にシンクロしている。
「暑さ」と「想い出」を払うために、歌詞の主体はシャワーを浴びる。そこで行う「濡れた髪の毛を握る」という何気ない、些細な行動がまた想い出と時の流れを思い起こさせる。
ディテールに凝ると、物語を展開することが難しくなるように思うが、aikoはそれを両立できてしまうのだ。

薄暗い冷たい廊下を歩くと冷たい床が足下から悲しくする

シャワーを浴びても払えない疎ましさ。その疎ましさと結びついていた「暑さ」の真逆である「冷たさ」さえも、歌詞の主体の心を痛めつける。「身体感覚」の範囲が非常に広い。

aikoの歌詞は、そこに描かれる感情は非常に生々しい。それは「身体感覚」に裏付けられているものだ。

唇かんで指で触ってあなたとのキス確かめてたら
『ボーイフレンド』

キス=大切な瞬間を身体(唇、指)で確かめる。

悩んでる身体が熱くて 指先は凍える程冷たい 
『カブトムシ』

心に秘めた恋は熱いのに、外へと表現することができない。それに呼応する身体。

夏の星座にぶらさがって上から花火を見下ろして
『花火』

空想の中でも、確かな「ぶらさがる」という主体の身体感覚。

もっと心躍る世界が すぐ隣にあったとしても
乱れたあなたの髪に触れられるこの世界がいい
『milk』

望むのは、触覚という身体感覚。

aikoの歌詞では、主体の身体が確かに存在する。その身体で、恋のはじまり、恋のときめき、失恋と向き合う。

aikoの歌詞は文字通り「体当たり」なのだ。

p.s
本文の主旨とはそれるので書かなかったが、この歌詞の一番刺さるのはこれなのだ。

あなたの唇触ってみたいけど 笑ってそしらぬ顔して見ていた
言いたいことが言えなくてもあなたの言葉に頷くだけで嬉しかったの
その唇は今夜もあの子に触れる

あなたの唇への執着をしっかり描写した後にくる、鮮烈な裏切りのフレーズ。このサビへの導入、サビが霞んでしまう。(サビはサビで抽象的だけど、おもしろい)

 

f:id:pajyamaojyama:20190424083524j:plain

aikoのアルバム『泡のような愛だった』(『明日の歌』収録)